尖閣諸島付近で中国の漁船と海上保安庁の巡視船が衝突した瞬間を捉えたとされる映像が、YouTubeにアップロードされて話題を呼んでいる。
この映像が本物であるとしたら、それがネットに流出する前に、その一部は国会議員によって視聴されていた。その時の反応が人それぞれであることが興味深い。
例えば、自民党の武部勤氏が「明らかに悪質な事案であることは間違いない。なぜ中国人船長を現行犯逮捕しなかったか。釈放はおかしい。国民に見てもらうべきだ」と言うかと思えば、社民党の福島瑞穂氏は「車が道路でちょっとコツンとぶつかるような、あてて逃げるという映像だ。(挑発行為は)離れてるし、分からなかった」としている。
これだけ読むと、議員たちの解釈が食い違い、まるで黒澤明の「羅生門」の様相を呈しているわけだが、実際の映像とされるものを観て、見方が割れている理由が飲み込めた。
実際のところ、「よく分からない」のだ。
たしかに漁船が巡視船に衝突した様子は映っている。しかし、2、3度見直しても、「故意に」漁船が衝突したのかどうかは、よく分からないのである。
ただし、ビデオを撮った人は恐らく「故意に突っ込んできた」と信じていて、そういう「解説」をしながらカメラを回しているので、それがナレーションのように機能して、視聴者はその解釈に引きずられ易い。けれども、撮っている人は恐らく興奮状態にあるわけだし、従ってその「解説」は極めて主観的なものであるわけで、本当に正確かどうかは分からないはずだ。だから相当差っ引いて考える必要がある。
例えば、1回目に衝突する直前の映像をよく観てみると、漁船の甲板にいる人々は衝突を予期しているようにみえない。何やら作業をしてる人、普通に立ったり歩いたりしてる人、何かを船の外に投げ捨ててる人などが観察される。それが何を意味するのかは分からないけれども、「漁船が故意に衝突した」という解釈とは符号しにくいことも事実だ。
逆に、漁船の船長が泥酔していたという報道もあり、その解釈と矛盾するような要素は今回の「流出ビデオ」には見当たらない。
しかし、だからといって泥酔説が正しいとも限らないわけで、要するに、いまある材料では真相は「よく分からない」のである。
つまり今回の件は、映像を解釈することの難しさを教えていて、ドキュメンタリーの作家としては非常に興味深い。映像は「決定的な真実」を映し出すと思い込んでいる人が多いけれども、実際には、映像は物事の表層しか捉えることができず、本質的にグレーで曖昧なものである。そしてそれをどう「読む」のかは、まさに「羅生門」の世界なのである。
なのに、人々は単に「観る」だけでは踏みとどまれなくて、すぐに勝手な解釈をしたがる。
YouTube上には「故意にぶつけて逃走 過失割合10:0ですね」とか「どうみても中国側が衝突してきてる。テロ行為だろこれ」とか「殺す。絶対殺す。中国人は絶対に許さん」など、極めて予断と先入観に満ちたコメントが大量につけられている。(もし仮に泥酔説が正しいとしたら、彼らが叫ぶべきは「中国人、けしからん」ではなく「飲んだら乗るな」なのであり、本件は国境問題ですらなくなる。状況を正しく把握することがいかに大切か!)
断定するのは、確かに気持ちがいい。しかし、こういうのは明らかに勇み足なのであって、百害あって一利無しである。しかも今回は国境問題なのだから、ちょっと間違えば戦争だって起きかねない。少なくとも、政治家の人々には映像を冷静に観る態度をきちんと身につけていただきたいと、切に願うものである。