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Latest documentary "Oyster Factory" has been officially invited to Locarno International Film Festival 2015! 最新作『牡蠣工場』がロカルノ国際映画祭へ正式招待されました!

Tuesday, June 24, 2008

『人間の條件』と仲代達矢

NYのフィルム・フォーラムで『人間の條件(第三部)』(小林正樹監督)のプレス用試写会に誘われたので、カミさんと二人で参上した。仲代特集の一環である。

『人間の條件』(1959−61)は、日本軍の中国大陸への侵略戦争を描いた超大作で、三部合わせて10時間近い。第三部だけでも3時間半ある。

全く未見だった僕は、一部と二部を観ずに三部を観ることにためらいを感じながらも、再び仲代さんが来られると聞いて出掛けていったのだが、これが大、大、大傑作。茫然自失した。上映時間の長さなど、全く気にならない。10時間一気に観るのも苦にならないだろうと思った。

こんな映画はもう二度と、世界中の誰にも作れないのではないか。日本映画の黄金時代に、小林正樹がいて、仲代達矢がいて、あらゆる好条件が重なって、初めて可能になった奇跡だと思う。前の日に観た仲代主演の『他人の顔』(勅使河原宏監督)も凄かったし、僕は最近、映画の神様に抱擁されっぱなしである。

しかも今日の試写では、僕とカミさんが並んで座っていたら、「ここ、いいですか?」とカミさんの隣に座ってこられたのが、なんと仲代さんご本人!仲代さんも20年ぶりにご覧になったそうだ。

映画にはインターミッションがあったのだが、映画に入り込みすぎて僕らはしばらく声もあげられなかったし、拍手もできなかった。仲代さんはそれを気にしたのか、「長い映画でしょう」とおっしゃったので、僕らは「いえいえ、全然長いなんて感じません。素晴らしい映画です。こんな映画はもう誰にも撮れないでしょう」と慌てて打ち消した。世界のナカダイも、観客の反応は気になるんだなあと、不思議な親近感を感じた瞬間だった。

それにしても、恐るべきは仲代達矢の演技力と集中力である。3時間半の長編の中、一度として、仲代達矢が「演じている」ことを意識しなかった。仲代達矢は、主人公の「梶」にしかみえなかった。僕は映画を観ている事をいつの間にか忘れ、あたかも自分が戦争を体験しているかのように引き込まれた。ちなみに、『人間の條件』の壮絶なラストを撮る時、小林監督は仲代さんに3日間の絶食と不眠を要求し、仲代さんはそれを実行したそうである。

仲代さんは『人間の條件』を撮る合間に、黒澤の『用心棒』と『椿三十郎』に出たという。日本映画の黄金時代は、掛け値無しの黄金色だった。

Monday, June 23, 2008

キムタクと山さん

キムタク主演のドラマ『CHANGE』の第一回目を、近くの日系レンタル屋で借りてようやく観たんだけど、僕が作った『選挙』と酷似した部分が目白押しで、カミさんと何度も腹を抱えて笑ってしまった。『CHANGE』を作った人は、きっと『選挙』を参考にしていると思う。そう考えないと不自然なほど、似たようなシーンがこれでもか、これでもかと出てくる。そう思うのは僕だけかなあ。

そもそも、ひょんなことから大政党に担がれて補欠選挙に立候補という設定が酷似。キムタクが「若さで改革」と同じキャッチフレーズを繰り返すのなんか、山さんと同じじゃん(笑)。「はい、握手して」とか「走れ」とか選対の人に命令されるとことか、「政策なんかどうでもいい、キャッチフレーズが大事だ」「政策について語りすぎると墓穴を掘るからサワリだけにしろ」とブレーンが言うこととか、組織票を固めながら浮動票を狙うこととか、朝と晩に駅立ちすることとか、キムタクが疲れて昼寝するとことか、似てる場面は枚挙にいとまがない。キムタクが選挙運動から逃避してプラネタリウムを観に行くのは、山さんが独り車ん中で「鉄道ジャーナル」を読むシーンとダブるし、キムタクが地元のバレーボールに参加するのは、山さんが町内の運動会でラジオ体操をするのと重なる。街頭演説してるキムタクからカメラが引いていくと、演説に関心のない通行人がわらわら歩いてるショットなんて、『選挙』の最初の場面とそっくりじゃん!開票状況の報告を電話で受けるとこなんか、白い電話機まで似てる(笑)。他にも挙げ出したらきりがない。

これが全部、偶然だとは思えないんだけどなあ。もちろんそれもあり得るんだろうけど。いや、参考にされてたとしたら、それは光栄なことです。それにしても、キムタクと山さん…(笑)。

Sunday, June 22, 2008

RAN by Kurosawa


昨晩、NYのジャパン・ソサエティで黒澤明の『乱』を観た。

既に映画館も含め4、5回観てたし、あまり好きではなかったので、正直、今回観ようかどうか迷ったくらいだったが、仲代達矢さんが来られるというので観に行った。そして観て良かった!とにかく今回観た感想は、凄まじくも素晴らしい、の一言であった。こんなに自分の中で印象が変わった映画はない。僕がやっと映画に追いついたということか。

僕が『乱』を好きでなかった理由は、望遠レンズを多用した平面的なカメラワークだとか、大げさな演技や台詞回し、メークアップだとか、主に映画のスタイルに関することであった。そのスタイルは、もちろん今もそのままなのだが、そんなことはどうでもいいほど、描かれている世界が映画というジャンルを超越していた。要するに僕の見方が変わったのである。

敢えて一言で総括するならば、それは「因果応報」の映画であった。原因があれば、その結果がある。その当たり前すぎる命題を、冷徹に描ききった映画であった。しかもそれは、良いことをすれば報われ、悪いことをすると罰せられるというような、甘ったるい勧善懲悪ではない。人間の存在や喜怒哀楽など、砂粒のごとく小さく見えるような、もっと大きい宇宙の原理を描いている。

黒澤は「人類への遺言」としてこの映画を撮ったそうだが、僕は初めて、彼の遺言に耳を傾けられたような気がする。

ちなみに、仲代達矢さんは『乱』を演じたときに50歳だったそうで、メークに毎日3時間半かかったそうである。現在75歳だが、映画で観るよりも断然お若いので、不思議な気がした。フィルム・フォーラムでは大規模な仲代特集が始まっている。

Saturday, June 14, 2008

秋葉原とテロリズム

東浩紀氏は朝日新聞への寄稿で、秋葉原事件は幼稚なテロリズムであると指摘した。「社会全体に対する空恐ろしいまでの絶望と怒り」を背景に、しかし怒りの対象が曖昧で、首相官邸でもなく経団連でもなく、秋葉原へ突っ込んでしまった。そのような分析である。

この指摘は極めて鋭い。事実、この事件に触発されて殺人や爆破を予告する事件が相次ぎ、警察は厳重警戒態勢をしいた。

 携帯電話の会員制掲示板サイトに「明日、九州のある駅で歴史に残る大量殺人する」と書き込まれていることが14日分かり、九州管区警察局は九州の各県警に、JRや私鉄の駅などの警戒と警備強化を指示した。福岡県警は威力業務妨害容疑などにあたる可能性があるとみて捜査を始めた。
 管区によると、14日午前、書き込みを見た複数のサイト利用者から福岡県警などに通報があった。書き込みは同日午前7時19分で、「大量殺人する」とした上で「俺(おれ)も加藤と同じなんだ 加藤に共感したんだ 俺、死刑になる 加藤よりも多い人数を殺す」と書かれていた。加藤は東京・秋葉原の通り魔事件で逮捕された加藤智大容疑者を指すとみられる。(6月14日、毎日新聞)

 インターネット掲示板に和歌山市のテーマパークを爆破すると書き込んだとして、和歌山県警和歌山西署は14日、兵庫県西脇市小坂町、アルバイト鉄工員、前田尚希容疑者(23)を威力業務妨害容疑で逮捕した。容疑を認め「本気ではなかった」などと供述しているという。
 調べでは、前田容疑者は12日午後2時50分ごろ、携帯電話でネット掲示板に和歌山マリーナシティ(和歌山市毛見)を「14日に爆破する」などと書き込み、業務を妨害した疑い。
 12日午後8時ごろに掲示板を見た男性が警察に通報。連絡を受けたマリーナシティは13日に各施設を点検し、異常がなかったことから通常通り営業した。 (6月14日、毎日新聞)


この図には、どこかで見覚えがある。そう、イスラム急進派によるテロ情報と、それに右往左往させられる警察、そして市民社会の構図である。イスラムと日本の「テロリスト」たちとの違いは、行為の背景に理論と組織があるかどうか、だけである。

ここで忘れてならないのは、テロリズムはアイデアであり、属性ではないということである。テロリストを一人残らず検挙したとしても、そこにアイデアが残っていれば、それに共感する人間にたやすく感染し得る。

秋葉原事件でもそうだった。犯人は少し前に起きた大量無差別殺人事件という「アイデア」に共感し、感染し、テロリストになった。そして彼がそのアイデアに共感するためには、閉塞感に覆われた社会状況が不可欠だった。のっぴきならぬ不満と怒りが身体と精神に充満していない限り、人はテロリストにはなり得ない。

力による「テロ撲滅運動」は、果てしのないイタチゴッコに他ならない。テロリストは、その温床となる社会的状況がある限り、増殖し続けるからである。また、力に頼ると、権力による市民の監視が強まるなどの副作用も強く、決して望ましい対応法ではない。

テロリズムを抑えようと思うなら、「アイデア」がもはや共感を呼ばぬよう、古くさく感じられるよう、温床となる社会状況を改善することこそが必要であり、近道である。

Wednesday, June 11, 2008

秋葉原事件について

秋葉原事件の犯人が、6月3日から事件前日の7日まで、携帯からネットに書き込んでいた独白を読んだ。

読みながら、犯行に至るまでの彼の心の動きが手に取るように分かり、戦慄を憶えた。

容姿に強いコンプレックスを抱き、友達もいなくて、ネットに書き込んでも無視されるか馬鹿にされ、派遣先からはリストラされそうになり、彼はどんどん袋小路へ入って行く。思考が、身体が、感情が、弾力性を失い硬直化していく。周りの人間が全員敵に見える。殺意が芽生える。

書き込みから受ける印象は、大量無差別殺人鬼のそれというよりも、愛に飢え、自信を失い、疲弊し切った青年のそれである。

いや、多かれ少なかれ、彼のような気持ちを、誰もが経験したことがあるのではないか。「人を殺したい」と思ったことはないけど、それ以外の感情は、僕には憶えがある。僕と彼とは地続きである。だからこそ、戦慄せずにはおれない。

彼のそばに一人でも親身に話せる良き友人が、家族がいたなら、彼はあのような犯罪を犯すこともなかっただろうし、人は死なずに済んだであろう。そのことを僕らは、明確に認識するべきだと思う。

Monday, June 02, 2008

横尾X糸井

横尾忠則氏の展覧会の件は既に何度か書きましたが、横尾氏と糸井重里氏の対談が面白いです。絵画の見方がちょっと変わるかもしれないよ〜。連載10回だって。ご覧あれ〜。そして展覧会を観に行くべし! 6月15日まで。