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Latest documentary "Oyster Factory" has been officially invited to Locarno International Film Festival 2015! 最新作『牡蠣工場』がロカルノ国際映画祭へ正式招待されました!

Wednesday, October 29, 2008

Festival Updates for MENTAL

MENTAL will be invited to the following festivals.
I'm attending Taiwan and Dubai for sure. I'll serve as a jury member in Taiwan, too.

Taiwan International Documentary Film Festival (Oct 31 - Nov 9, 2008)
http://www.tidf.org.tw/2008/en/programone.php?&uid=102&fcid=7
Asian Network of Documentary Section
Screening dates: Nov 3 at 19:30 and Nov 5 at 18:30

Dubai International Film Festival (Dec 11 - 18, 2008)
http://www.dubaifilmfest.com/
Competition Section
Screening dates: TBA

Jogjakarta Indonesia Documentary Film Festival (Dec 7 - 14, 2008)
http://festivalfilmdokumenter.org/
Screening dates: TBA

Buenos Aires Independent Film Festival (Mar 25 - Apr 5, 2009)
http://www.bafici.gov.ar/inscripcion.php
Screening dates: TBA

『精神』がこれから参加することが決まっている映画祭です。台湾とドバイには僕も参加します。台湾では、審査員も務める予定です。

台湾国際ドキュメンタリー映画祭 (Oct 31 - Nov 9, 2008)
http://www.tidf.org.tw/2008/en/programone.php?&uid=102&fcid=7
Asian Network of Documentary Section
上映日程: 11月3日19時30分 5日18時30分

ドバイ国際映画祭 (Dec 11 - 18, 2008)
http://www.dubaifilmfest.com/
コンペティション部門
上映日程:未定

ジョグジャカルタ・インドネシア国際ドキュメンタリー映画祭 (Dec 7 - 14, 2008)
http://festivalfilmdokumenter.org/
上映日程:未定

ブエノスアイレス国際映画祭 (Mar 25 - Apr 5, 2009)
http://www.bafici.gov.ar/inscripcion.php
上映日程:未定

Tuesday, October 28, 2008

共同通信とB&H



昨日(27日)はNYの3番街にある共同通信社で『精神』についてのインタビューを受けた。映画の話をしているうちに、話題は僕が左翼的な学生新聞の編集長だった時代や、思いつきでNYに渡った経緯などにまでさかのぼり、時間にして1時間半に及んだ(写真)。

最後の方で記者のK氏が、「これだけ話を詳しく聞いても、どれだけ紙面に載せれるかは分からないんですよ。新聞社は短い記事を好むので、長いとなかなか載らない。かといって短いと内容が伝わらない。そういうジレンマがあります」と言われた。

ドキュメンタリーと一緒だなと思った。『選挙』も120分フルバージョンはテレビで流れないので、52分バージョンを作った。映画を半分以下にするのには抵抗があったけど、フルバージョンをちゃんとキープするという前提なら、決して悪いことではないと思った。記事もいろんなバージョンを作れたらいいのかもしれないなあ。

インタビューの後、歩いてB&Hまで行き、MacBook Proを買った。実は最新型を買おうかと思っていたんだけど、Firewere400のポートがないし、ディスプレイがGlossyしか選べないので、ひとつ前の型を買った。しかも新型が発売されたお陰で、先週から数百ドルも値段が下がったそうで、めちゃくちゃお得な気がした。

B&Hでは仲の良い友達AがAppleの技術者として働いているので、あれこれ雑談しながら買い物できて面白い。僕があれもこれもとアクセサリーを買おうとすると、「それはXXがよくない」「そんなのOOで代替できる」となかなか買わせてくれない。増設メモリーも、「自分でやればタダだよ。オレが後で教えるから自分でやれよ」と言いはる。お前さん、この店の売上げに貢献しなくていいの?と思い途中から笑えてきた。友達とは、有り難いものである。

Friday, October 24, 2008

CaMPAIGN at MIT - cool japan!






MIT(マサチューセッツ工科大学)とハーバードのジョイント企画「Cool Japan」の一環として、MITで『選挙』の上映と質疑応答をしてきた。

僕とカミさんを呼んでくれたのは、MITの准教授で文化人類学者のイアン・コンドリー氏。ヒップホップやアニメを素材に日本文化を研究している面白い学者さんである。日本語も達者!どうしたらそんなことまで知ってるの?といぶかしくなるくらい、日本のポップカルチャーに精通しておられるので舌を巻いた。でもホントに気さくなお兄さんで、すぐに打ち解けた。

実は、『選挙』をベストコメディに選んでくれたライムスターの宇多丸さんや放送作家の古川さんともマブダチだそうで、世の中の狭さを実感したなあ。
http://playlog.jp/rhymester/blog/archive/200610

イアンさんのアニメのクラスにも参上し、一席ぶった(笑)。

また、軽い夕食を囲んで行われた学生さんとのレセプションでも、一席ぶった(笑)。みんな理系の学生さんだけど、質問も矢継ぎ早に出て、結構盛り上がった。

2泊3日のゆったりとしたスケジュールだったので、夫婦でボストンも堪能できた。真っ先に出掛けたボストン美術館で目をひいたのは、ゴッホの絵だった。『精神』の世界とめちゃくちゃ重なる。こんな所で知らぬ間に繋がっていたのかと、ちょっと驚いた。

そして、同じ部屋にあったドガのバレエ・シリーズは、僕が青年団を描こうとしているのと同じ発想だなと思った。いや、あっちが先だから、僕が知らぬ間に影響を受けていたということなんだろう。

意識しようとしまいと、芸術のジャンルは形を変えて何度も繰り返される。本当のオリジナルなんて、ないのかもしれない。そのことを人ごとのように実感させられた。

Monday, October 20, 2008

CAMPAIGN at MIT

Tomorrow (Oct 21), we're going to MIT in Boston to attend a screening of CAMPAIGN as a part of Cool Japan event. See you there!

明日10月21日は、ボストンのMIT(マサチューセッツ工科大学)で、『選挙』の上映と質疑応答をします。『選挙』のイベントに行くのは久しぶり!

Date: Tuesday October 21, 2008
Time: 7:00-10:00 PM
Location:
MIT 32-141 (Stata Center)
32 Vassar Street
Cambridge, MA
02139

http://web.mit.edu/cooljapan/events.html#1

Tuesday, October 14, 2008

予告編映画祭で4位! 4th Place at Trailer Festival

『精神』の予告編が、新作映画の予告編ばかりを集め横浜で行われた「予告編ZEN映画祭」で、35作品中、第4位に輝きました。
http://www.trailerfes.jp/pg56.html

以下、予告編映画祭による講評です。「本来、硬派で、とっつきにくい印象を与えがちですが、「精神」は小気味よい米国映画的な編集手法で、観る者をいつのまにか作品に引き込みます。2008年釜山国際映画祭では最優秀ドキュメンタリー賞を受賞しました。」

『精神』の予告編はこちら。
http://www.laboratoryx.us/mentaljp/trailer.html

Friday, October 10, 2008

バラエティ・ジャパン Variety Japan

受賞について、バラエティ・ジャパンに記事が載りました!
An article about the award is on Variety Japan (in Japanese)

http://www.varietyjapan.com/news/movie/2k1u7d00000ehb78.html

受賞についてのプレスリリース

日本の配給を担当するアステア社からのリリースです。

ーーーーー

ドキュメンタリー映画『選挙』(観察映画第1弾)で話題を呼んだ想田和弘監督の観察映画第2弾『精神』(135分、カラー、2008年、ラボラトリーX社製作、英語題名:MENTAL)が、10月2日から10日まで開かれているアジア最大規模の第13回釜山国際映画祭で、最優秀ドキュメンタリー賞(PIFF Mecenat Award)を受賞。想田監督には、賞金1千万ウォンが贈られました。

本作は、アジア発のドキュメンタリー製作を支援する釜山国際映画祭AND基金の助成を受け、この秋完成。同映画祭のワイド・アングル・セクションのドキュメンタリー・コンペティション部門に正式出品され、世界初公開を遂げていました。3日と6日に行われた上映はいずれもチケットが完売。上映後の質疑応答では、観客から質問や意見が殺到し、予定していた40分間を大幅に超過し90分間に延長されるほど、白熱しました。

『精神』は、岡山県岡山市にある精神科の診療所を舞台に、患者や医師、スタッフ、ヘルパーなどが織りなす複雑な世界を赤裸々に描いた長編ドキュメンタリー映画。『選挙』同様、ナレーションやテロップなどによる説明や音楽を一切使わず、心の病に苦しむ人々の素顔や彼らを取り巻く世界に肉薄しました。

想田監督は受賞について、「全く期待していなかったので驚きましたが、大変光栄です。勇気を持って素顔で映画に出てくれた患者さんたちや、撮影に全面協力してくれたスタッフの皆さんに感謝しています。」と話しています。

日本での公開は、2009年の初夏を予定。『選挙』も手がけたアステアが配給・宣伝を担当し、東京のイメージ・フォーラムを皮切りに全国の劇場で順次公開する予定です。

MENTAL won at Pusan 釜山で最優秀ドキュメンタリー賞!




『精神』が釜山映画祭で最優秀ドキュメンタリー賞(PIFF Mecenat Award)をいただきました。すごく嬉しいです。

実は今日の閉会式に出るため、釜山に舞い戻りました。
明日、日本へ帰る予定です。

審査員による受賞理由の説明は、次の通りです。

<「正常」と「『正常』によって『異常』と呼ばれるもの」の間に幕を引くのがこの映画の趣旨である。しかし、それだけではない。山本医師の診療所という美しい劇場の幕があき、喜びと悲しみを湛えた美しい人物たちがゆっくりと世界を膨らます。>

MENTAL won the best documentary award (PIFF Mecenat Award) at Pusan International Film Festival! I'm so happy.

I returned to Pusan to attend the closing ceremony tonight.
I'll return to Tokyo tomorrow.

NOTE by Jury:
To draw the curtain between normality and what normality calls abnormality is the purpose of this film. But more than that, the curtain is drawn upon a beautiful theater, Yamamoto’s office, where beautiful characters slowly enlarge the world with their joyful sadness

Photos by PIFF

Wednesday, October 08, 2008

World-Premiere at Pusan




We're back from Pusan Film Festival after a busy, fruitful 5-day-trip.

The main event for me was the screenings of MENTAL on Oct 3 and Oct 6. It was the world-premiere. Both screenings were sold-out with lots of young audience in 20's. The Q&A session after the screening on 3rd was remarkable - it was supposed to be 40 minutes, but it lasted for an hour and a half with lots of questions and comments until people almost missed their last train. It was joined by some staff members of Chorale Okayama Clinic and Kicchako, the organizations where the film was shot.

Unlike Q&A of CAMPAIGN where I and Yama-san spoke like stand-up comedians, the Q&A session of MENTAL was more serious with some tears in the audience. Every question was so deep and heavy that I felt I cannot answer lightly. Especially, I was moved when one of the audience members said crying in tears, "I'm suffering from depression, and have not been able to go outside for a long time. But my doctor suggested that I try to attend Pusan Film Festival everyday to watch films. The first ticket I bought was of MENTAL, and I'm glad I did that because it was really touching and enjoyable as I expected. I want many people to see your movie."

There was no Q&A after the 2nd screening, but a lot of viewers came up to me crying in the lobby and thanked me for making the movie. Many of them confessed to me that they suffer from mental illnesses. I was really surprised and thrilled because I was most worried about the reactions of people who are ill. A young girl crying in tears said to me that she had never seen such a film and would never forget about today, which made me cry, too.

One of the ladies said that she suffers from illness for 20 years now, and tried to kill herself for so many times. She seemed to love the film so much and thanked me so many times, so I thanked her back many times. Using her mobile phone, she called her sister living in Japan and let me speak to her as well. She said she is also suffering from illness explaining their hardships in their childhood, and promised me that she will watch MENTAL when released in Japan.

To be honest, I was a bit worried that viewers who are ill may end up feeling worse if they watched this film. I was also worried that some people may criticize me that I'm exploiting sick people by showing the film. But I got the feeling that the audience who enjoyed and appreciated the film most were patients. Now I finally feel that I'm glad that I made this movie.

By the way, MENTAL is in Documentary Competition. They will announce the winners in the closing ceremony on October 10th.


釜山国際映画祭から帰って来た。駆け足の釜山滞在だったが、実り多かった。

メイン・イベントは、10月3日と6日に行われた『精神』の上映。世界で初めての公開である。幸い2日ともチケットは完売。釜山映画祭らしく、20代らしき若い層が多かった。3日の上映後に行われた質疑応答は、観客からの質問が矢継ぎ早に出て来て、予定の40分を大幅に超過。終わってみれば終電ギリギリまで1時間半も続いた。映画の舞台となったこらーる診療所や喫茶去のスタッフも駆けつけてくれて、本当に白熱した。

『選挙』のときは、上映後の質疑応答は僕と山さんの漫才のごとく進んだが、『精神』は内容が内容なだけに、笑いながらも涙ぐむ人が多かった。どの質問も深く重い内容で、「答える方もいい加減なことは言えない」と背筋がピンとなる思いだった。特に、とある若いお客さんが「鬱病でずっと家の外に出られない状態でしたが、医師と相談して、釜山映画祭に一週間通い続けることを目標にしました。そして最初に買ったのが『精神』のチケットでした。期待通りの映画で、感動しました。大勢の人に見てほしいです」と涙ながらに言ってくれたのが、印象的だった。

2回目の上映後は、質疑応答の予定はなかった。でも、ロビーで大勢のお客さんが僕に近づいて来て、目に涙を浮かべて「この映画を作ってくれてありがとう」と言ってくれた。その多くは、心の病を患っておられることを僕に告白した。僕は患者さんたちの反応が一番心配だったので、びっくりするやら嬉しいやら。「こんな映画は初めてです。今日のことを一生忘れません」と、止まらない涙に胸を詰まらせながら話してくれる人もいて、僕も思わず涙ぐんでしまった。

ある女性は20年間も心の病気を患っており、何度も自殺未遂を繰り返したという。よほど映画を気に入ってくれたようで、僕に何度もお礼を言うので、僕は「こちらこそ感謝しています」と繰り返した。彼女は日本に住んでいるお姉さんにその場で国際電話をかけ、僕にも代わってくれた。お姉さんも鬱病だそうで、電話口で、苦しかった家庭環境など病気になった経緯を教えてくれ、「日本で公開されたら絶対に観ます」と言ってくれた。

実は、病気の人がこの映画を観たら、病気がもっと重くなってしまうのではないか、と僕は密かに心配していた。また、「お前は病人を晒し者にするのか」という反発を受けるのではないか、という懸念も抱いていた。しかし実際には、一番この映画を熱心に、熱烈に観てくれたのは、患者さんたち当事者だったのではないか。この映画を作って良かったと、心の底から初めて思えた瞬間だった。

ところで、『精神』はドキュメンタリー部門のコンペに入っている。賞の発表は10日の閉会式で。

Wednesday, September 10, 2008

MENTAL at Pusan Film Festival


I'm excited to announce that my newly completed observational documentary MENTAL (Original title: SEISHIN, 2008, 135 minutes, color) has been officially invited to the competition of "Wide Angle" section of Pusan International Film Festival to be held from October 2nd until 10th. It's going to be a world premiere. I will attend the festival and my screenings.

http://www.piff.org/eng/html/program/prog_view.asp?idx=13166&target=&c_idx=16&m_entry_year=2008#

MENTAL is a feature-length documentary that observes the complex world of an outpatient mental health clinic in Japan, interwoven with patients, doctors, staff, volunteers, and home-helpers, in cinema-verite style, without using narration, super-imposed titles, or music. The film breaks a major taboo against discussing mental illness prevalent in Japanese society, and captures the candid lives of people coping with suicidal tendencies, poverty, a sense of shame, apprehension, and fear of society.

The film has received some grant from Asian Network of Documentary (AND) fund managed by Pusan International Film Festival. I will attend the award ceremony to be held during the festival.

The official website for MENTAL will be uploaded soon.

If you have any questions, please e-mail me at soda@laboratoryx.us.

Thank you!

Kazuhiro Soda

SCREENING SCHEDULE AT PUSAN FILM FESTIVAL

Friday, Oct 3 at 8 PM
Monday, Oct 6 at 1:30 PM

COMMENTS ON MENTAL

This observational film by Soda really questions the conventional boundary that separates the mentally ill and healthy people.
- Naomi Kawase, Film Director

The uncontrollable nature of our SEISHIN, or mind, is depicted in its raw form.
- Yuna Chikushi, Artist

Watching MENTAL, I smiled every 5 minutes, and cried 3 times. Without a doubt, it is a masterpiece. It is meant for people who can't help revering the human soul that is formless and mysterious.
- Dr. Shuhei Oyama, Psychiatrist

The handling of the subjects in this documentary requires tremendous sensitivity from the filmmaker. Even using the style of cinema verite, the director successfully presented his subjects without exploitation.
- AND Fund, Pusan International Film Festival


『選挙』に続く観察映画第2弾として監督した『精神』(英語題名:MENTAL、2008年、135分、カラー) が、10月2日から10日まで行われる釜山国際映画祭に正式招待されることが決定しましたのでお知らせします。ワイドアングル・セクションのコンペ部門に出品されます。今回が世界で初めての上映になります。私も2日に現地入りし、舞台挨拶等を行います。

http://www.piff.org/eng/html/program/prog_view.asp?idx=13166&target=&c_idx=16&m_entry_year=2008#

『精神』は、岡山県にある精神科の診療所を舞台にした長編ドキュメンタリー映画。『選挙』同様、ナレーションやテロップによる説明、音楽を一切使わないスタイルで、心の病を患う当事者、医者、スタッフ、作業所、ホームヘルパー、ボランティア等が織りなす複雑な世界を描きました。心の病に関するタブーに敢えて挑戦し、自殺願望や幻覚や生活苦に悩む当事者の素顔に虚心坦懐に迫ったつもりです。

同作は、アジアのドキュメンタリー制作と流通を支援する、2008年釜山国際映画祭AND(Asian Network of Documentary)助成金を授与され、製作されました。来る釜山国際映画祭では、その授与式も開催されます。
http://and.piff.org/eng/html/projects/documentary_view.asp?section=AND&column=&searchString=&this_year=2008&gotoPage=1&idx=76

『精神』公式サイトは近日中に完成予定です。

お問い合わせ等はメールにていただければ幸いです。
どうぞよろしくお願い申し上げます。

想田和弘
soda@laboratoryx.us

<釜山での『精神』上映日程>

10月3日(金) 20時〜
10月6日(月) 13時30分〜

<『精神』に寄せられたコメント>

精神病患者と健常者の境がわからない。その境のありように疑いを持つのは、想田観察映画の特性だ。
ー 河瀬直美(映画監督)

精神とは心、若しくは心の持ち方とあるけども、その収拾のつかなさがそのまま映し出されている。様々な対象を身に遠く近く感じつつ、時折横切る野良猫が風穴のようにも見えてくる。
ー 筑紫ゆうな(アーティスト)

同じ題材を扱った映画のうちこの映画は三指に入る。いや正確に言えば二指である。一本はワイズマンによって四十年前に作られた。どちらも限りない人間の精神の地平線を目指した傑作だと断言できる。ワイズマンの映画同様一度見たら決して夢に見ることはあっても忘れることは出来ない。しかしワイズマンの映画には感心し笑うことしかできなかったが、この映画のなかでは5分おきににやっと笑い、三度涙を禁じえなかった。あえて言うが、この映画は精神を病んだもののために作られたものではない。まして人の精神を裁く者のためにも作られてもいない。ただ人間の無形の心とその不思議に対し畏敬の念を禁じえないもののために捧げられた映画なのである。
ー 大山修平(精神科医)

Tuesday, September 09, 2008

観察映画の日々

7月から、平田オリザ氏と青年団の撮影が続いている。

比較的順調に進んでいるのであるが、にもかかわらず、つくづく撮影とは難しいものだと、思い知らされる毎日である。

僕の観察映画の方法は、構成表と呼ばれる台本を書かずに、行き当たりばったりで撮影することにその基本がある。だからといって、次に起きるであろうことを全く予想せずにカメラを回すことは不可能である。

例えば今回の撮影なら、何時からどこどこでXXの稽古がある、というくらいの情報がなければ、僕はその場に居合わすことすらできない。だから、最低限の予測は必要である。かといって、あまり事前に予測しすぎると、目の前で起きている予想外の面白さに気づくのが遅れ、撮り損なってしまう。例えば、これから稽古を撮るんだと身構えていると、稽古以外の興味深い事件が目の前で起きても、一瞬反応が遅れる。それで事件の始まり部分を撮り逃がし、あとで地団駄を踏む憂き目にあう。

これがナレーションのある普通のドキュメンタリーなら、たとえ事件の発端を撮れなかったとしても、言葉でいくらでも説明できるので問題ない。しかし観察映画ではナレーションを使わないのが大前提なので、最初を逃したら途中から撮ってもシーンの文脈が分かりづらくなり、結局使えないのが常である。

予測しないのも駄目。予測しすぎても駄目。それは、野球のバッティングにも似ている。ヒットを打つために、次の球種やコースを読むのは大事だけれど、山をかけすぎると予想外の球に空振りさせられる。そして天を仰ぐことになる。取り返しのつかない過ちを激しく後悔しながら。だから、凡打が続いた後にクリーンヒットが出たときには、計り知れない快感を覚える。

ちなみに、野球と違って映画には編集作業という強力な武器があるので、僕はヒットばかりをつなぎ合わせて作品に仕立て上げる。あたかも凡打など打たなかったかのような顔をして。それが映画のマジックである。

Monday, September 08, 2008

働く日本人

日本に住んでる人は感じないのかもしれないけれど、たまに帰ってくると、日本人はなんてよく働くんだろうと感心させられる。いや、外国の人だって働く人は働くんだけど、日本人は報酬の高そうな人も低そうな人も、同じように一生懸命働くという印象がある。

例えば昨晩入ったうどん屋の店員さん。全部で20人くらいしか座れない小さなお店だけど、満員だとかなり忙しい。注文を聞いたり、料理を運んだり、会計をしたり、領収書を切ったり、盛りつけしたり、後片付けをしたり、料理を作る以外の仕事を彼女がすべて独りでこなしている。僕はカウンターに座ったので、彼女の一挙手一投足を観察できるのであるが、高度なマルチ・タスクをてきぱきと効率よく、パニックにも陥らずに、しかも丁寧にやってのける姿は感動的でさえあった。でも、店構えや値段から察するに、たぶん彼女はそう高い時給はもらっていないと思う。そして彼女のような働き手は、この国では別に珍しくもなんともない。

これがアメリカだったら、人は時給に応じた仕事しかしないのが普通だ。つまり時給700円の人は700円分しか仕事をしようとしないし、それが当然であるという姿勢。昨晩のうどん屋がアメリカにあったとしたら、あと二人は雇わないと普通に機能しないと思う。あるいは、「あと二人雇え」と現場が文句を言い、それが叶わなければ3人分の時給を要求するか、さっさと辞めていく。また、昨晩の店員さんのように仕事の出来る人は、すぐにもっと責任の重いポジションを与えられ昇給する。要するに純粋な資本主義では、仕事の内容と報酬の額は、基本的に一致するのである。

日本の場合は違う。報酬が低い人も、高い人と同じくらいの仕事の量と質を要求される。逆に言うと、いくら現場で一生懸命働いても、それがなかなか地位や給料に反映されない。雇う側や、お客さんにとっては天国のような仕組みだけれど、現場の労働者にかかる負担は並大抵ではない。

ここまで考えて、ニートと呼ばれる働きたくない人達が問題になっているのは、こういう風土に原因があるのではないかと思い至った。安い報酬でも一生懸命、長時間働くことを要求され、なかなか昇進も叶わない。もうすでにある程度の地位にある人ならいいのかもしれないけど、これから働き始めようという人には相当に厳しい現実だ。だから最初から働く気が失せてしまうのではないか。

まあ、だからといってアメリカ式が理想的かというと全然そうでもないから、難しい。時給が安いんだからと言わんばかりの横柄な態度で、全く働く気を感じさせない末端の労働者を毎日目にしていると、カネがすべてのこの社会は絶対におかしいと思わされる。

なかなかうまくはいかないものですね。

Saturday, September 06, 2008

あれから一年

ドキュメンタリー映画監督の佐藤真さんが亡くなって、一年が経った。

佐藤さんとの出会いは奇縁である。というのも、佐藤さんの奥さんと僕の姉貴が同じ産院で出産したのがきっかけで、個人的に知り合った。ドキュメンタリー映画など観ない姉貴が「同室の人の旦那さんも映画撮る人みたいだよ」というので、「なんて名前?」と聞いたら、「さとうまことさんっていうみたい」というので、絶句した覚えがある。僕にとって『阿賀に生きる』の記憶は鮮烈だったからである。

しかし、僕が本当に深い影響を受けたのは、後に出版された佐藤さんの名著『ドキュメンタリー映画の地平』である。ちょうどテレビ・ドキュメンタリーの仕事に行き詰まりを感じていた僕は、この本を読んだのがきっかけで、自主制作で主体的にドキュメンタリー映画を撮りたいと思い始めた。そして『選挙』を撮った。『選挙』は佐藤さんに気に入ってもらい、世に出る後押しをしてもらった。その佐藤さんに突然逝かれてしまったことは、本当にショックだった。

でも、佐藤真の肉体は失われても、佐藤真という存在は僕の身辺から消えていない。

実は、今年5月、平田オリザさんに撮影の申し込みに行ったとき、このプロジェクトを本当にやるのかどうか、言い出しっぺのくせに100%確信が持てずにいた。いや、この企画に限らず、『選挙』のときも、『精神』のときも、やるかどうかの迷いはあった。ドキュメンタリー映画を撮るということは、相当なコミットメントだから、迷うのは当たり前なのである。

ところが、平田さんにお会いした際、「実は佐藤真さんが想田さんと同じような趣旨の映画を企画してたんですよ」と切り出されたとき、僕は強い衝撃を受けると同時に、これは決定的だと思った。ここにも奇縁が生きていた。やらねばならぬ映画だと思った。

というわけで、佐藤真は死んでいないのです。


佐藤真監督の懐古上映も実施中。
■ユーロスペース:2008年9月6日(土)〜9月12日(金)
■アテネ・フランセ文化センター:2008年9月16日(火)〜9月20日(土)、9月24日(水)〜9月27日(土)、9月29日(月)〜30日(火)
http://www.cine.co.jp/php/detail.php?siglo_info_seq=108

Friday, September 05, 2008

広島の横町で

青年団の撮影で広島に来ている。

今日は夜10時頃撮影が終わり、広島駅前のホテルに帰ってから近場で夕飯を食おうとレストランを探した。ところが広島の夜は案外早く、どこも早々と店じまいをしている。

何軒もの店に断られ途方にくれ、ふらふらと小便臭い暗い横道にさまよい入っていったら、赤提灯を下げた店が一軒、営業していた。店内をのぞくと、お好み焼き用の巨大な鉄板が付いたカウンターにサラリーマンがワラワラと陣取り、にぎやかに宴会をしている。店主らしいオジさんが僕に気づき「にいちゃん、ひとり?いいよ」と言うので、カウンターの席に着いた。

「にいちゃん」と呼ばれたのは、もしかしたら生まれて初めてかもしれない。無礼だなとムッとする気持ち半分、他人同士の垣根を軽々と一発で超えられた快感半分の複雑な気持ちで、席に着いた。「じゃ、野菜とソバが入ったお好み焼きを肉ぬきでお願いします」と注文すると、「にいちゃん、肉嫌いなん?」と怪訝な顔ですかさず聞かれ、その複雑な感じは否応無く増幅した。

「にいちゃん」と呼ばれたのが初めてなら、実は広島でお好み焼きを食べるのも初めてである。広島には『選挙』のプロモーションで一日だけ訪れたことがあったが、あのときは忙し過ぎてお好み焼きどころではなかった。店主が目の前の鉄板で僕の「野菜ソバお好み焼き」を作ってくれるのだが、その作り方の独特で魅力的な様子に思わず目を見張った。「広島風」のお好み焼きは何度も食べたことがあったのだけれど、これが「風」と「本物」の違いか、などと感心しながら出来上がりを待った。

その妙な視線を感じたのか、僕の食べ方があまりに下手クソだったのか、お好み焼きが出来上がって僕が食べ始めると、店主はすぐにこう言いながら食べ方を指南した。「にいちゃん、食べるの初めて?それじゃグチャグチャになる。こうやって切るんじゃ(広島弁はいい加減です)」。

すると隣に座っていたサラリーマンが、「いや、そうじゃない。こうじゃ」とか店主の説にケチをつけ、実演し始める。それにまた店主が応酬する。たちまち狭い店内はお好み焼きの食べ方で喧々諤々の議論になってしまった。

どう食おうとオレの勝手だろう、放っておいてくれ、という気もしたのだが、僕はその展開が妙に懐かしい感じがした。ムッとするより、快感が勝った。そして広島が好きになった。。

よくよく観察してみれば、店主はお客さん一人一人とよほどの顔なじみらしく、会社の上司の悪口を言い合う会話にも普通に入って自分の意見を言ったりしている。それに、生ビールの追加を貰おうと店の「にいちゃん」を探したら、暇だったのか、お客と一緒に席について飲み食いしながらだべっている。ここはお店というより、社交場なのだ。

近代はこういう煩わしくも魅惑的な場をどんどん削ぎ落として来た。ニューヨークにも、東京にも、こういう空間は滅多にない。広島の小便臭い横町でそれに不意に出会い、僕はこの店を天然記念物に指定して欲しいと不覚にも願うのであった。

Wednesday, September 03, 2008

『選挙』@ポレポレ東中野

お知らせです。9月9日(火)12:20〜、東京のポレポレ東中野で『選挙』の上映があります。2003−08年に日本で公開されたドキュメンタリー映画の話題作を集めた「Jドキュメント」の一環です。
http://www.mmjp.or.jp/pole2/5years-jdoc.html

Monday, September 01, 2008

MENTAL poster



The poster of MENTAL for outside Japan has been done. It is designed by an artist Yoshio Itagaki, my long time friend. He also designed CAMPAIGN's poster.

『精神』海外向けポスターが仕上がりました。デザインはアーティストの板垣由雄氏。長年の友人でもあります。『選挙』のポスターも、この人のデザイン。

Saturday, August 30, 2008

Director's Statement on MENTAL


観察映画第2弾『精神』について

僕の前作『選挙』(観察映画第1弾)に、ボランティアたちが選挙事務所でチラシを折りながら、事務所の外に立っている「頭の狂った女」について噂話をして、奇妙に盛り上がるシーンがある。

「あそこに立ってる人、ほら。気が触れちゃってるの」「正気なころはさ、こんな髪の毛でこんなボインでね、土橋のマリリン・モンローだなんて、気取ってこの坂上がってた」

この噂話にみられるように、「頭の狂った人たち」は、健康な人たちによってしばしば、好奇と興奮と軽蔑を交えて語られる。「狂った人たち」は時折自分たちの世界にふと顔を出す異界の存在であり、同じ空気を吸っている人間とは見られていない。健常者と精神障害者たちの間は透明なカーテンで遮られており、多くの健常者たちは、カーテンの向こう側にいる精神障害者たちの世界を、自分たちには関係のないものとして処理してしまっている。

しかし、僕はかねてから、このような状況に違和感を感じ続けて来た。僕自身も大学時代、精神的に追いつめられて自ら精神科に飛び込み、燃え尽き症候群と診断されたことがあるし、それから回復した後も、過度のストレスから幾度となく病気すれすれの状態に陥ったことがある。自分の周辺を見渡してみても、実際に心の病気になってしまった友人や、それが元で自殺してしまった友人や恩人がいる。そもそも、現代社会は閉塞感や孤独感、プレッシャーやストレスに満ちており、われわれは誰もが心の病になる危険性と隣り合わせで生活しているいるような気がしてならない。にもかかわらず、一般社会にとって心の病気がタブーであり続け、健康な人々が目をそらし続けている状況に、僕は一種の危うさを感じている。

したがって、僕が『精神』で行ったのは、この見えざるカーテンを取り払う作業である。固定概念や先入観を極力捨てて、患者や障害者を「弱者」とも「危険な存在」とも決めつけず、かといって賛美もせず、虚心坦懐に彼らの世界を見つめることを第一義とした。そのため、『選挙』のときと同様、撮影前にシノプシスや構成表を一切書かず、事前のリサーチも最小限にとどめた。また、撮影前に極力セットアップをせず、行き当たりばったりでカメラを回す手法に徹した。

編集では、ナレーションやテロップによる説明、音楽を一切使わず、複雑怪奇な現実をなるべく複雑なまま提示し、紋切り型の単純化を避けるよう努力した。また、構築した映画世界が観客の能動性と観察眼を刺激し、それぞれが自分なりの解釈を自由に行えるよう、余白を残すよう努めた。同時に、映画を観ることで、あたかも診療所を訪れ、そこにいる人々と出会い、言葉を交わしたかのような臨場感を得られるよう、時間の流れと空間の再現に腐心した。

『精神』にはいわゆる「言いたいこと=メッセージ」も、明確な結論もない。むしろ、映画を単純なメッセージに還元するプロパガンダ的な姿勢から、最も遠いところで作品を作ることを目指した。観客が作品を通じて、なるべく「す」の状態で精神科の世界を観察し、あれこれ考えたり疑問を持ったり刺激を受けたりできれば、作者として幸せである。

想田和弘

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DIRECTOR'S STATEMENT ON MENTAL

In my previous documentary film CAMPAIGN, there is a scene where volunteers gossip about a “crazy woman” standing right outside the election campaign headquarters in Kawasaki, Japan.

“See that woman standing across the street? She’s psychotic. When she was still sane, she had long hair and big tits. She called herself the Marilyn Monroe of Kawasaki,” they say.

As seen in this conversation, “crazy people” are often the subject of curiosity, excitement, and ridicule, among healthy people. They are not considered to be fellow human beings but some kind of creatures from another world who occasionally appear in front of us. There seems to be a transparent curtain that divides healthy and mentally ill people. Most healthy people see the world of mental illness as irrelevant to their lives.

But I have been feeling that there’s something wrong about this situation. When I was a college student, I myself felt sick and decided to go to a mental clinic, where I was diagnosed with “burnout syndrome*.” Even after I recovered from the syndrome, there were several times when I almost became sick because of too much stress. I also have some friends and colleagues who actually became mentally ill and even committed suicide. In fact, because modern society is filled with pressure, stress, and the sense of solitude, nobody is immune to mental illness. Thus, it is quite dangerous that mental illness remains a taboo and that most people turn their eyes away from the subject.

Therefore, in my documentary MENTAL, my aim is to get rid of this invisible curtain, not by sending political messages, but simply by observing. The most important attitude for me as a filmmaker was to look straight with my own eyes and my camera at the world of patients without any preconceived or fixed ideas, without labeling them as “the weak,” “the dangerous,” or even as “the great.” In order to do that, just like in my previous film CAMPAIGN, I tried to shoot as freely and spontaneously as possible without preparing anything beforehand.

In the editing, I did not use any narration, super-imposed titles, or music, so that I can show the complex reality as it is, avoiding stereotypical simplification. I also tried to stimulate the audience’s active observation, leaving lots of room for them to freely interpret what they see on the screen. In addition, I tried to recreate the time and space I experienced so that the audience will feel as if they visited the clinic and saw these patients themselves.

MENTAL has no “message” nor “statement” nor “conclusions.” Rather, I want it to be as far away as possible from propaganda. It would be an immense pleasure for me if the viewers could come up with their own observations, thoughts, and questions, while they watch MENTAL, and afterwards.

* burnout syndrome: physical or mental collapse caused by overwork or stress: high levels of professionalism that may result in burnout. (Oxford Dictionary)

Kazuhiro Soda

Friday, August 29, 2008

Comments on MENTAL


『精神』を観て下さった方々からコメントが集まり始めたので、掲載します。

精神病患者と健常者の境がわからない。その境のありように疑いを持つのは、想田観察映画の特性だ。
ー 河瀬直美(映画監督)

精神とは心、若しくは心の持ち方とあるけども、その収拾のつかなさがそのまま映し出されている。様々な対象を身に遠く近く感じつつ、時折横切る野良猫が風穴のようにも見えてくる。
ー 筑紫ゆうな(アーティスト)

同じ題材を扱った映画のうちこの映画は三指に入る。いや正確に言えば二指である。一本はワイズマンによって四十年前に作られた。どちらも限りない人間の精神の地平線を目指した傑作だと断言できる。ワイズマンの映画同様一度見たら決して夢に見ることはあっても忘れることは出来ない。しかしワイズマンの映画には感心し笑うことしかできなかったが、この映画のなかでは5分おきににやっと笑い、三度涙を禁じえなかった。あえて言うが、この映画は精神を病んだもののために作られたものではない。まして人の精神を裁く者のためにも作られてもいない。ただ人間の無形の心とその不思議に対し畏敬の念を禁じえないもののために捧げられた映画なのである。
ー 大山修平(精神科医)

A few comments on my new documentary, MENTAL.

This observational film by Soda really questions the conventional boundary that separates the mentally ill and healthy people.
- Naomi Kawase, Film Director

The uncontrollable nature of our SEISHIN, or mind, is depicted in its raw form.
- Yuna Chikushi, Artist

Watching MENTAL, I smiled every 5 minutes, and cried 3 times. Without a doubt, it is a masterpiece. It is meant for people who can't help revering the human soul that is formless and mysterious.
- Dr. Shuhei Oyama, Psychiatrist

Thursday, August 21, 2008

AND grant for MENTAL 助成金獲得!

Now, it's official. MENTAL, my new observational documentary about mentally ill patients, is receiving a grant of about US$10,000 from AND (Asian Network of Documentary), Pusan International Film Festival. I'm using the money to complete the film. What an honor! I'm attending the award ceremony at Pusan International Film Festival (Oct 2-10, 2008). I'd like to thank everybody who helped me making this movie!

心の病を患う人々が主人公のドキュメンタリー映画『精神』(観察映画第2弾)が、釜山国際映画祭AND助成金(約100万円)をいただけることになりました。大変光栄です。助成金は、『精神』の仕上げに使わせていただきます。釜山映画祭(10月2〜10日)で開かれる授与式には参加する予定です。映画の製作に協力してくださったみなさん、ありがとうございました!

http://and.piff.org/eng/html/projects/documentary_list.asp?section=AND&this_year=2008

Monday, August 18, 2008

演劇とお盆



7月末から平田オリザさんと青年団を撮影させていただいているが、オリザさんが海外へ行かれたので、その合間に足利市の実家へ帰省した。ちょうど時期がお盆と重なり、20数年ぶりに生まれ故郷で盆を過ごした。

ウチの地方では、13日に先祖の霊を墓まで迎えに行き(迎え盆)、16日にまた墓まで霊を送りに行く(送り盆)。霊がいる4日間、親戚たちが集まって酒を飲んで騒いだり、線香を上げにきてくれたりする。

改めて眺めていて面白いのは、みんながあたかもそこに霊がいるかのように振る舞うことである。僕がコーヒーをいれていると、オフクロが「おばあちゃんにもコーヒー上げて来て。意外に好きなんだから」とか言うのは、その典型である。迎え盆のとき、「お迎えに上がりましたよ〜」などと言いながら墓へ挨拶するのも、そう。

演劇の創作過程を撮影しているせいか、お盆という行事そのものが演劇的であることに気がついた。先祖を迎えたり送ったり親戚で騒いだりするという、だいたいの台本もある。台詞だって、即興も多いけれど、「ちょいとお線香を上げに来ました」とか、だいたい決まっている。そして、みんなまるでそこに先祖がいるかのように、演じるのである。

ひとたびそう思うと、「先祖の魂を運ぶという提灯は、なかなか粋な小道具だな」とか、「いまオヤジが言った台詞はなかなか気がきいている」とか、「いまオジさんが居間に入って来たタイミングは絶妙だ」とか、すべてが演劇に見えてくる。いや、僕らは普段から何かを演じながら生きているのかもしれない。

(写真は以前撮ったものです)