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Latest documentary "Oyster Factory" has been officially invited to Locarno International Film Festival 2015! 最新作『牡蠣工場』がロカルノ国際映画祭へ正式招待されました!

Friday, July 08, 2011

早瀬憲太郎さんのコメント

映画監督の早瀬憲太郎さん(『ゆずり葉』)から『Peace』についてコメントをいただきました。

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何だろう。こびりついた心の澱が一枚ずつ剥がれていく。かつて私達は生まれたときから日常の全てが観察だった。遍く世界に自らの感覚を委ね自由に転がすことの喜びと言いようのない畏れ。ピースにはそれが隅々にまでいきわたっている。ああ,なんて心地のよい映画なんだろう。それでいてかくも心を掻き乱される。想田監督の解き放された感覚に激しく嫉妬した。

早瀬憲太郎(NHK「みんなの手話」講師/映画監督)

Thursday, July 07, 2011

月刊「介護保険」

月刊「介護保険」7月号に僕のインタビューが載っています。下で立ち読みもできます。

My interview on the July issue of Kaigo Hoken.

→立ち読み

→逆取材

ビッグイシュー

7/1から発売中の「ビッグイシュー日本版」(170号)にインタビュー記事が掲載されています。「人の出会いはいつでも一期一会」。

My interview on THE BIG ISSUE, JAPAN, vol 170 is on sale in Japan.


Wednesday, July 06, 2011

大杉豊さんのコメント

筑波技術大学の大杉豊さんから、『Peace』についてのコメントをいただきました。

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足の不自由な猫に、耳の聞こえない自分自身の姿を重ねてしまう。猫の社会に引っ越しても結構大変そうだ。日本語字幕版を見たが、これは岡山弁字幕版である。面白い。
岡山の地域社会、路地裏にありふれた人の生活ではあるが、75分27秒の観察を通して、人の共生と平和、そして為政者への折り合いをどうつけようか、着地点を探す旅の友としてこれ以上に愉快な映画はない。

(筑波技術大学 准教授 大杉 豊)

『Peace』逆取材

毎日新聞(岡山)

『Peace』逆取材

タウン情報おかやま

『Peace』逆取材

FM 倉敷

『Peace』逆取材

山陽放送テレビ(岡山)

『Peace』逆取材

NHK岡山

『Peace』逆取材

レディオMOMO (岡山)

『Peace』逆取材

山陽放送ラジオ(岡山)

『Peace』逆取材

Oni ビジョン(岡山)

『Peace』逆取材

瀬戸内海放送(岡山)

『Peace』逆取材

山陽新聞(岡山)

Monday, July 04, 2011

竹内薫さんからコメント

猫好き科学作家・竹内薫さんより『Peace』へコメントをいただきました。

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この作品には得体の知れない思想が感じられる。
それは、社会規範や日常に身を任せっぱなしの惰性心に、ざわめきを生む。
ぬるま湯の中の沸点(もしくは氷点)。それが、この映画を見終わった私の素直な感想だ。

竹内薫(科学作家)

Saturday, July 02, 2011

先行上映 in 広島、福島、仙台

広島、福島、仙台の各地で先行上映が決定しました。他にも決まり次第、アップしていきます。

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■『Peace』先行上映&想田和弘監督トークショーin広島
日時:7/24(日)17:15開場・17:30開演
会場:横川シネマ 082(231)1001

■『Peace』想田監督トーク付プレミア先行上映in福島
日時:7/27(水)19:30~
会場:フォーラム福島 024(533)1717
※上映後には想田和弘監督によるトークと質疑応答を行います。

■『Peace』想田監督トーク付プレミア先行上映in仙台
日時:7/28(木)18:15~
会場:フォーラム仙台 022(728)7866
※上映後には想田和弘監督によるトークと質疑応答を行います。

Friday, July 01, 2011

サンガジャパン Vol.6



「サンガジャパン」Vol.6 (2011年Summer)に僕のインタビュー記事が出ています。そのほんの一部を抜粋します。

―震災は大災害ではあり悲惨なことである。しかしながら、生き方を見直すのにはチャンスであるという意見があります。
それは同感です。一つ思ったのは、近年の日本人はすごくフワフワした生き方をしてきた。生命の危険をほとんど感じない世代が幾つか続いたでしょう。戦争を知っているのは、かろうじて僕の親の世代まで。それ以降の世代の大半は「もしかしたら今日死んでしまうかもしれない」と言ったような危機感とは、ほぼ無縁で生きてきたのだと思います。「死」が遠ざかっていて、だからこそ生きることが難しい。生と死はセットだから、死が遠ざかると生も遠ざかるのです。 
 今回、震災の死者数は最終的に二万人以上に上ると予測され、さらに原発問題があります。「今日何を食べるのか」「水道水を飲むのか飲まないのか」「移住するのかしないのか」。それぞれの生命に関わりかねない、様々な問題が出てきました。そのことで死を意識し、今まで休眠していた感覚が立ち上がる契機になるかもしれません。それ自体は悲劇なのですが、悲劇を肯定的にとらえれば、「何が大事なのか。何故、自分は生きているのか。なぜ仕事をするのか」ということを問い直す機会にもなると思うのです。

雑誌「宣伝会議」

「宣伝会議」(2011年7/1号)に寄稿しました。

その出だし:
「震災以後、映画で何かを表現する際にどのようなことに配慮すべきか」というお題をいただいた。結論から言えば、「必要なのは配慮ではない。覚悟である」というのが僕の考えである。 
東日本大震災、特に原発震災は、われわれに世界観や生き方、更には文明のあり方そのものの根本的な見直しを迫る一大事件である。それが決して突然起きたわけではなく、長い間かけて少しずつ積み重なった原因の当然の結果であるとはいえ。だから、これから作る映画が原発震災の影響を受けることは、むしろ必然だ。影響を受けない方がおかしい。
しかし、それはあくまでも必然的に、「否が応でも影響を受けてしまう」のであって、「何かに配慮して変えるべきこと」ではないはずだ。「配慮する」などという傍観者的余裕は、日本人はおろか、本来ならば人類の誰にもない。問題は、津波のようにわれわれ人間に襲いかかってきた「物事の当然の帰結」をどう受け止め、どのような行動をとるかである。… 
 http://ec.sendenkaigi.com/hanbai/magazine/sendenkaigi/