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Friday, May 08, 2009

足利事件に思うこと

地元足利の事件、しかも実家のすぐ近くで起きたことなので注視していたが、やはり冤罪だった。いや、まだ判決が出た訳ではないのだが、唯一の証拠であったDNA鑑定が覆されたのだから、冤罪と言ってよいだろう。

この事件が冤罪だという主張は以前から根強く、下記のサイトに詳しい。ここに書かれていることが本当だとすると(たぶん大筋本当だと思う)、殺人犯も怖いけれど、もっと怖いのは警察や裁判所かもしれない。
http://www.watv.ne.jp/~askgjkn/index.htm

18年間も無実の罪で牢獄に入れられていたことを想像するだけで、背筋が寒くなる。しかも真犯人は他にいて、自由の身なのである。

気になるのは、次の様な発言である。

白井孝雄・栃木県警刑事総務課長の話 捜査は適正に行われ、供述についても信用性があると考えている。今後は裁判所の判断を見守っていきたい。

警察の課長としては、そう言わざるを得ないのかもしれないが、そういう「役割の言葉」とは別に、彼には「人間としての言葉」はないのだろうか。あったけれども、報道されなかっただけなのだろうか。

自らの人間としての良心を無視し、役割に埋没する時、このような恐ろしい結果が起きるのではなかろうか。

足利事件 受刑者DNA型一致せず (毎日新聞)
http://mainichi.jp/select/today/news/20090509k0000m040020000c.html

 栃木県足利市で90年、4歳女児が殺害された「足利事件」で殺人罪などに問われ無期懲役が確定した元幼稚園バス運転手、菅家(すがや)利和受刑者(62)の再審請求に対する即時抗告審で、東京高裁(矢村宏裁判長)は8日、鑑定医2人から提出を受けた鑑定書を検察側、弁護側双方に渡した。いずれも女児の着衣に付いた体液と菅家受刑者のDNA型が一致しないとする内容。捜査段階で一致したとされ裁判で有力な証拠とされた当初のDNA鑑定が否定され、高裁が再審開始を決定する公算が大きくなった。
 弁護団が同日、記者会見し、鑑定書の内容を明らかにした。来月12日を期限に、双方が意見書を提出する。
 鑑定医は検察側推薦の鈴木広一(こういち)・大阪医科大教授(法医学)と弁護側推薦の本田克也・筑波大教授(同)。
 鈴木教授は遺留体液から抽出したDNA型と菅家受刑者のDNA型を比較したところ、同一人物であれば一致するはずの塩基配列の繰り返し部分が、常染色体(性染色体以外の染色体)で16個のうち14個で異なり、性染色体でも16個中12個が一致しなかった。このため「DNA型の多くが異なり同一の人に由来しない」と結論づけた。本田教授も性染色体の繰り返し部分の一致が8個中3個にとどまることなどから「同一人物に由来する可能性はあり得ないと言っても過言ではない」としているという。
 一方、検察側は今後▽確定判決はDNA鑑定だけでなく自白調書や状況証拠も踏まえ有罪認定している▽捜査段階の鑑定で体液が付着した部位の中心部分は使用済みで、今回の鑑定対象には別人のものが混入した可能性がある−−などと反論するとみられる。高裁はこうした主張を踏まえ最終的な判断を示す。
 DNA鑑定は警察庁科学警察研究所(科警研)が89年に始め、92年から全国で導入された。科警研は足利事件当時、精度について「血液型と併せ1000人に1・2人が一致する」(現在は4兆7000億人に1人超)と説明。最高裁は00年「科学的に信頼される方法」と初めて証拠能力を認めたため、事件はDNA鑑定を利用した科学捜査の象徴とされてきた。
 弁護側は02年、菅家受刑者の毛髪から独自にDNA型を調べた結果、警察の鑑定結果と異なっていたとして再審請求。しかし、宇都宮地裁は昨年2月、「毛髪が菅家受刑者のものと確認できない」として請求を棄却し、弁護側が即時抗告して東京高裁が昨年12月、異例の再鑑定実施を決めていた。【安高晋】

 ▽弁護団の話 鑑定は完全に誤っていた。検察は鑑定医への尋問をせず、すぐに結果を受け入れるべきだ。

 ▽渡辺恵一・東京高検次席検事の話 今後、新鑑定の内容を十分精査・検討し、適切かつ公正に対応する。

 ▽白井孝雄・栃木県警刑事総務課長の話 捜査は適正に行われ、供述についても信用性があると考えている。今後は裁判所の判断を見守っていきたい。

 ◇足利事件
 90年5月、栃木県足利市のパチンコ店駐車場で、保育園に通う女児(当時4歳)が行方不明になり、約700メートル離れた渡良瀬川の河川敷で遺体で発見された。川底から見つかった女児の着衣に付いた体液と、菅家利和受刑者が捨てたごみから採取したDNA型が一致し、菅家受刑者も殺害を認めたとして、栃木県警は91年12月、殺人容疑などで逮捕した。1審途中から菅家受刑者は否認に転じたが、1、2審で無期懲役判決を受け、00年、最高裁で確定した。

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