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Latest documentary "Oyster Factory" has been officially invited to Locarno International Film Festival 2015! 最新作『牡蠣工場』がロカルノ国際映画祭へ正式招待されました!

Wednesday, May 02, 2007

Kazuo Hara & Sachiko Kobayashi 原一男、小林佐智子





 5月1日、ニューヨークのジャパンソサエティで、原一男監督・小林佐智子製作の劇映画『またの日の知華』の上映会があった。上映会に続いて過去のドキュメンタリー作品についても含めたトークおよびレセプションがあった。
 『またの日の知華』は、主人公である知華を4人の女優が演じるという斬新なアイデアの映画。お二人にとって初めての劇映画である。第3章までは、「これがホントに原作品なのか?!」と疑いながら観た。ところが、第4章で桃井かおりが主人公になるや否や、僕が知っている原一男の映画になった。台詞回し、絵作り、音楽のセンスまでが一変したように思えた。それが非常に興味深かったのであるが、その後のトークで原さんが「桃井さんはオンナ奥崎謙三でして、ホントに撮影では泣かされました」とおっしゃったとき、合点がいった。
 原一男はこれまで、常に自らの映画の主人公と激しく対峙し、主導権争いをする過程で、4本の傑作を生み出して来た。『さようならCP』『極私的エロス』『ゆきゆきて、神軍』『全身小説家』のいずれも、強烈で力のある主人公を前にして、それに負けまい、寄り切られまいとする原さんがいた。被写体との厳しい確執があったからこそ、原映画には独特の緊張感が生まれたともいえる。そう考えると、女優陣の中で唯一原さんの演出方法に挑戦し、闘いを挑んで来た桃井かおりが、それにあらがおうとする原さんの力を無理矢理引き出し、映画そのものを引っ張ったのではないか。だから、第4章は劇映画ではなく、女優と監督の確執を記録したドキュメンタリーだったのではないか。原一男のエネルギーは、力に対する反作用として発揮される。僕にはそう思えた。トークの中で原さんが「大島渚や小川紳介、今村昌平など、一世代前の映画作家たちの作品を凌駕し乗り越えようとして映画を作った」と言われたことも、僕の説を裏付けるような気がした。 彼には、抵抗したくなる強大な「敵」が必要なのだ。僕は原さんに『またの日の知華』の感想を述べ、失礼を承知で「原さんは根っからのドキュメンタリストなのではないか」と申し上げた。原さんは「だからといってフィクションを撮っちゃいけないというわけじゃないでしょう?」と苦笑いをされた。
 レセプションが終わった後、原さんから「あなたに聞きたいことがある」と言われ、激しい雨が降るなか近くの居酒屋へ駆け込んだ。何かと思えば、原さんは席に着くや否や真面目な顔でメモ用紙を取り出し、『選挙』の撮影技法について細かく尋ねてこられた。水俣で撮っているドキュメンタリーの参考にされたいとのことだった。僕は、前の日に渡していた『選挙』を早速観て下さっていたのにも驚いたが、天下の原一男がそれまでの自分の手法に満足せず、ヒヨッコである僕のやり方まで参考にしてしまおうという貪欲さに感動した。いや、うかうかと感動などしてはいられない。僕はいつか、この人の映画を乗り越えなければならないのだ。原さんは「水俣の人はみんな優しくて、奥崎謙三のような強烈な人がいなくて」とこぼされた。『神軍』を超えるのは原さん本人ですら大変なのだ。僕は久々に闘争心に火がついた。

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