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Thursday, June 03, 2010

上杉X田原対談を見て思う

上杉隆と田原総一朗の記者クラブと機密費問題についての対談を見ながら、文化人類学的な意味での「贈与」を想起した。日本に贈与の文化が色濃く残っていた時代に、その文法に乗っ取って機密費のやり取りが行われていたことが窺われた。上杉と田原に温度差があるのは、世代と文化に隔たりがあるからだろう。

上杉は僕と同性代。田原は僕らの親の世代に当たるが、ウチの親も盆や暮れにせっせと贈り物をやり取りしていたのを思い出す。しかし僕自身は、大人になってからも、中元やお歳暮をやり取りしたことなど一度も無い。この2〜30年で文化が相当変わったのだ。

今でも親戚のオバさんとかと会うと、小遣いを渡されそうになって困るのだが、やっと拒んでも鞄の中にひっそりと封筒が入れられたりしていて、「やられた」と悔しがったりする。機密費の話を聞きながら、そういうことを思い出した。

だから当時の記者やコメンテーターがさほど最悪感なく、機密費を受け取っていたことは、不思議ではない。現代の文化の基準で断罪しては可哀想な面もある。でも、だからといって容認できないことは言うまでもない。

一番の問題は、機密費という贈与の交換によって、その輪に含まれた人々の関係は円滑で強固になるだろうが、大多数の国民はその輪に入れず、不利益を被ることだ。つまり「公」の場面には馴染まない。

考えてみれば、贈与の交換によって社会関係を維持しようとするのは、機密費に限らず、これまでの政治を貫く主要な論理だったのではないか。いわゆる利益誘導的な政策は、すべてこの論理に乗っている。だから問題は根深い。

(ツイッターでつぶやいたことを再構成しました)

1 comment:

  1. Anonymous3:02 AM

    人類学的考察も必要だ。

    ポトラッチがまさか永田町部族で
    行われていたとは! おそるべし

    http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9D%E3%83%88%E3%83%A9%E3%83%83%E3%83%81

    太平洋側北西部海岸のインディアン部族の祖先は
    日本人に違いない

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