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Monday, June 17, 2013

「おまかせ民主主義」の正体は「消費者民主主義」である。

今日は毎日新聞から参院選について取材を受けた。「低投票率が予想されるがなぜか」と聞かれたので、政治家は政治サービスの提供者で、有権者は投票と税金を対価にしたその消費者であると、政治家も有権者も誤ってイメージしていることが原因ではないか、と答えた。

有権者が自らを政治サービスの消費者としてイメージすると、「つまらぬものは買わぬ」という態度になる。低投票率は「買いたい物がないから投票しないのは当然」という態度なのではないか、と。これ、内田先生が教育現場について仰ってることの応用です。でも有権者は消費者ではないですよ、断じて。

国王に主権(=判断し、決断し、責任を取る権限)があったのを、民衆一人ひとりに主権を移すことで近代の民主主義は始まった。つまり民主主義では、民衆=主権者とは国王の代わりに政治を行う主体だ。政治サービスの消費者ではない。消費者には責任は伴わないが、主権者には責任が伴う。

この点が、消費者と主権者では決定的に異なるはずだ。ところが消費資本主義的価値観が蔓延する中、ゆっくりと誤解が定着した。政治家も主権者も、消費モデルで政治をイメージするようになってしまった。だから政治家は国民をお客様扱いする。同時に、軽蔑している。単なる消費者だと思ってるから。

だから政治サービスを買ってもらうには、売れそうな刺激的な商品を分かり易く並べ、誇大広告も辞さない。政治家の政策がマーケティングめいているのも当然なのだ。一方の消費者化した有権者も、政策や問題を自分の力で吟味しようとはしない。それは売る側の責任だと思ってるから。

首相をコロコロ変えたりするのも、「頻繁にモデルチェンジすれば売れるのではないか」というのと同じ発想だ。だが繰り返しになるが、民主主義を消費モデルでイメージすることは、重大な過ちだ。ここで壮大なボタンの掛け違いをしているから、民主主義の空洞化ないし劣化が進んでいるようにみえる。

最近「おまかせ民主主義」という言葉が定着してきたが、その正体は、ずばり「消費者民主主義」なのだと思う。消費者はサービスを消費するだけ。つまりお任せ。不具合があれば文句言うだけ。何も生み出さない。税金と票という対価を払う以外、貢献しない。いや、気に入らなければ票さえ投じない。

民主主義の原点は、「みんなのことは、みんなで議論し主張や利害をすりあわせ、みんなで決めよう」であったはずだ。しかし主権者が消費者化してしまうと、そんな発想からは遠くなる。消費者の態度は、「お客様を煩わさないで。面倒だから誰かが決めてよ、気にいったら買ってやるから」になる。

(ツイートをまとめました)

1 comment:

  1. Anonymous10:47 PM

    軽薄短小な思想がもてはやされてるから??

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